2009年01月19日

■第1期−第7回大平建築宿(2000) ・・・「環境の自分化」

 21世紀を迎える年である。20世紀が、機械文明の究極の姿として、環境の絶望的破壊に立ち至って終ろうとしているとき、来るべき世紀に、人類に課せられた命題の最大のものが、環境保全であることは既に明白である。
 未来がどうなるか、と問いかけることは無意味な思考といってよい。未来をどうするか、論理の行動化が求められている。
 大平宿は、集団移住によって放棄されて以後30年、多くの人達の保存再生への関与がなければ、現在の姿はなかったであろう。ここに残されてきた民家群は、遠い過去から、この地に命を刻み込んできた人達の、生活の歴史を実証する存在であることに加えて、保存再生の歴史をさらに30年、堆積させてきたことも、既に継承すべき歴史になってきたと、自負してよいだろう。このことを論理の行動化と理解して間違いない。
 大平宿の保存再生活動が、環境保全に結ぶことはいうまでもないが、この活動は「おしかけ保存」の異名をとる、他人の所有物に不当に干渉する行為であったのかもしれない。しかし、環境の破壊に際して、これを保全しようとすれば、環境を自分化するという意識がなければ、行動することはできない。
 この自分化の意味には、もちろんのこと、私欲のための私有化という意味はなく、むしろその対極に相当する。誰もが自分化することによって、社会の共有物にしてゆくことができるという、行動化の論理によって成立する概念である。
 大平宿の保存再生は、今までのままで経過してゆけばよいのであろうか。21世紀に継続してゆくことを考えれば、永続性に多量の不安を残している。今回の「大平建築塾」のテーマは、全会を通じて、このことに焦点を結ぶべく企画されている。
 そのためには、参加する人達のそれぞれが、大平宿を前記の意味で「自分化」することが原動力となる。それは単に大平宿を対象としたところに止まるものではなく、環境保全活動のすべての原動力であろう。
 やや難解であったとは思うが、第7回「大平建築塾」のメインテーマを、「環境の自分化」とした意味は、以上の次第からである。
  (生活文化同人代表 吉田桂二)


第7回(2000) ・・・「環境の自分化」

◆基調講演
  「環境における「時間」の問題」・・・内山節

◆全体会議
  「大平の保存と再生、そして創造は」
               ・・・吉田桂二、桜井善実、米山淳一、羽場崎清人、松村茂利

◆分科会
  1)「保存と再生」・・・ 吉田桂二+降幡廣信
  2)「復元と技術」・・・ 戸張公之助
  3)「継承と創造」・・・ 小林一元+日影良孝
  4)「木こり体験」・・・ 羽場崎清人+田中淳司+飛山龍一

◆公演「胡弓演奏会」・・・ラコウ、チャン・ウェイ・ウェイ
posted by 生活文化 at 10:11 | 第1期−大平建築宿(94-03) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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